DLsite.comにおける過去5年間の同人ボイス・ASMR人気ランキングから見る音声作品リスナーの趣向の推移とその先の予測に関する一考察

 

1.はじめに

 

音声作品、というものをご存知だろうか。

一般に音声作品とは、環境音や効果音、また人の声などを用いて、聞き手に対して何らかの感情を喚起する目的で制作された作品の事を指す。

 

ASMR作品とは、音声作品の1ジャンルであり、人が、聴覚刺激によってゾクゾクしたり心地よくなったりする、といった反応を利用したものと考えていただきたい。川のせせらぎや焚き火の音、耳かき音などは多くの方が知っているのではないだろうか。

 

f:id:aoi_Matsumoto:20221203124916j:imageプロ声優を演者に起用することで話題になった音声作品

 

さて、これらの音声作品の販売サイトとして最大手とされるDLsite.comでは、1年間の人気ランキングを過去に遡って見ることができる。本記事では、DLsite.com利用歴約8年、購入した音声作品数は290作品ほどにのぼる筆者が、過去5年にわたるランキングを皆さんと共に見ていきながら、音声作品リスナーの趣向の推移について言及していきたいと思う。

 

 

 

注:読者によっては気分を害するほどの下品な表現や言葉がこの先度々登場するので注意されたし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.ランキングの紹介と筆者解説

 

基本的には、各年のベスト3作品についてジャンルを踏まえて解説させていただく。

まずは2018年から。

 

2018年

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さて、2018年はある意味で最も特筆すべき年とも言える。2017年以前について本記事では紹介しないが、その理由としては2018年の1位作品でもある催眠音声1強の時代が長らく続いたからだ。

 

催眠音声とは、メンタリズムや心理学的観点から効果音、声などを用いて聞き手を催眠状態へ誘い、催眠によってオーガズムを喚起したり、心地よさを感じさせる音声作品のジャンルである。

2017年まで催眠音声1強時代が続き、2018年でも変わらず催眠音声が1位ではあるが、ここでは2位3位に注目していきたい。

 

2位の「あなたも出来る!『実践』かんたんスローオナニー【バイノーラル&ハイレゾ】」は、話し手の女性の支持に従いながらオナニーを行うことで、まるで女性にサポートされているかのような錯覚を促すと同時に、ニッチなオナニー手法の裾を広げんとする実践的な作品である。

 

また、3位の「永遠絶頂ロリータハーレム」は、多くの少女に囲まれて終わることのない責めに晒される、という設定でありながら一切の言語が作中に登場しない。音声による非言語コミュニケーション、つまり音声のトーンや調子、声そのものから感じるイメージのみに頼って聴き手に快感をもたらそう、という超挑戦的作品と言える。また、ここで注目しておきたいのは非言語によって快感をもたらすという試みだ。これは、前述したASMRの考え方と非常に似た考え方と言える。まだASMRというジャンル分類が前面に出ていない時代だが、先駆けのようにASMRと同じ試みが2018年には受け入れられていたという事実は覚えておきたい。

 

さて、2017年以前もこれらのような挑戦的な作品はあったはずだが、それがランキング最上位に位置するのは2018年が初だ。2018年は催眠音声というクオリティがある意味担保されているジャンルから制作者リスナー共に逸脱を試み、その片鱗が垣間見えた年と言えるだろう。

続いて2019年に移る。

 

2019年

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2019年のランキングでは、またも催眠音声が1.3位を占めるという結果となっている。ここでは特に1位と2位について言及したい。

 

1位の「脳内トランス~白目を剥くほど気持ちイイ音のドラッグ~【ハイレゾ/バイノーラル】」は、催眠音声というジャンルを歌ってはいるが一般的な催眠音声とは少し異なる。この作品は言葉ではなく、効果音を積極的に用いることで音による催眠効果を前面に押し出した作品だ。これは前年3位作品の試みに近いものを感じる。

 

また、2位の「添い寝フレンドと行く温泉旅行 -おもちゃえっちつき-【フォーリー】」には、新たな単語「フォーリー」が登場している。フォーリーサウンドと呼ばれる新たなジャンルのこの作品は、基本的にはボイスドラマの形式だが、特に登場キャラクターの動きやその時の情景などをリアルに描写するために専用で撮り下ろした効果音などを使用している。効果音に一歳妥協をせず、作品への没入感にこだわった一作だ。

 

さて、2018年から2019年への流れを経て次第に、話術による催眠をメインとする作品群から効果音による感情の喚起をメインとした作品群へ、リスナーの趣向が移っていっているということが読み取れる。これはこの先にも同様の流れをもたらすのだろうか。2020年も見てみよう。

 

2020年

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2020年では、とうとう催眠音声が上位から姿を消すこととなった。1位2位はASMR、3位はフォーリーサウンドを売りとしていることがタイトルからも窺える。実は、ASMRというジャンル名称は2019年以前にも存在していた。しかし、ASMRであることを売りにして、多くのASMR作品がタイトルでそれを宣伝し始めたのはこの頃からだ。この頃、ASMRというジャンルであることそのものが、多くのリスナーにとって価値のあるものであり、宣伝材料として効果が高かったことが予想される。

 

また、ここでは1位と2位が全年齢対象の作品となっていることにも注目しておきたい。

 

1位の「【寝落ちASMR】悪魔娘が最高に癒すのでものすごく眠れる(耳かき・囁き・マッサージ・泡オイル)」は、Vtuberの周防パトラが制作、声優も務めた作品だ。彼女は音声作品の制作に対して並々ならぬこだわりを見せている。環境音を自身で収録するために山や海にでかけ、納得のいく音を録音して制作するなど、ゲームか映画でも作るのかというほどのこだわりようだ。

 

また、2位の「【安眠特化23時間】鈴蘭の森と小鳥の羽休め~眠れるASMR/耳かき/安眠ラジオ/マッサージ~【完全新作4本立て/音だけトラック」を制作したサークル「シロクマの嫁」は、他の音声作品にオリジナルの効果音や環境音を提供していて、音作りに関して最も信頼されているサークルの一つだ。

 

これら2トップ作品から分かる事は、この頃の音声作品リスナーが求めていたものが「リアルな音」であるということ。それによる安眠効果は、ただ単にR18の音声作品でオナニーをする事以上の需要があったという事だ。

 

また、3位の「純愛おま○こ当番【フォーリーサウンド】」も、よりリアルな音を求めるという点では共通している。この作品を制作したサークル「青春×フェティシズム」は、公開している多くの作品で「フォーリーサウンド」であることを売りにしている。フォーリーサウンドも作品への没入感を高めるためリアルな音の描写にこだわった作品だ。

 

これらの作品から、2020年では2019年からの流れが加速して、多くのリスナーにとって「リアルな音」であることの価値がさらに高まった年だと考えられる。続いて2021年を見ていこう。

 

2021

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結論から言うと、2021年は2019年ごろから続くこの流れを維持した年だ。特筆すべき流れの変化はなく、「リアルな音」の重要性がさらに広く受け入れられた年だろう。

 

音声作品リスナーの趣向の推移という観点からそこまで重要なトピックではないのだが、せっかくなので3位の作品について少し話しておこうと思う。

 

さて、3位の「【強制純愛】生イキ双子ロリメイドメスガキ分からせ調教」は、ここ数年急激に勢力を伸ばした1ジャンル「メスガキ分からせ&オホ声喘ぎ」(筆者命名)に分類される。これは、生意気にも大人を舐め腐った世間知らずのクソガキを大人の力によって屈服させ、およそ女の子が出してはならないような下品な喘ぎ声で鳴かせる事を売りとしたジャンルだ。なかでもこの作品で声優を担当されている「兎月りりむ。」は、このジャンルにおいて最も信頼されている声優の1人だ。読者諸君がこのジャンルに興味を持った際は何度も目にすることになるだろう。

 

3位の作品についてはこれまでの流れとは全く異なる作品だが、時代の流れとは乖離しているにも関わらず3位にも食い込むほど盛り上がったジャンルだった、という事をお伝えしておきたかった。次はいよいよ2022年だが、この年は界隈を揺るがす大事件が起きた年だ。それではランキングを見ていただこう。

 

2022年

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お分かりだろうか。そう、もはや日本で知らぬ者なし、圧倒的IPであるブルーアーカイブの参戦である。発売が遅かったためランキング最上位には位置していないが、アズールレーンもこの界隈に参戦している。

 

これらのIPの参戦による影響はあまりに大きく、これまで「音声作品」なんてものに興味もなかった多くのヲタク達を界隈に引き摺り込んだのだ。その影響は2位3位に位置する作品にも現れている。

 

2位の「えっちがきらい!! な宇佐美ちゃん 〜オモチャを落として始まる恋♪ 令和最強ムッツリJK!絶対出すなよ!?→中に出します♪期待で濡れすぎ変態ヘタクソ誘い受け♪」を制作したサークル「上海飯店」は、この作品を含めた多くの作品で、細かい設定が作り込まれたキャラクターを音声作品のヒロインとして起用している。これまでのボイスドラマ形式の作品では、ヒロインに多少の設定は作り込まれていたものの、名前などがついていることは少なく、あくまで「○○のようなキャラ」でしかなかった。しかし、この作品では「宇佐美ちゃん」がヒロインなのだ。この、作品に対して具体的なキャラクター像を求める動きは、ブルーアーカイブに代表される数々のIPの参戦から生まれた潮流の1つだと言えるだろう。

 

また、3位の「日常えっち。」は、主人公が聞き手であり、数々のヒロインとの日常的なえっちを描いた短編集的作品だ。主人公が聞き手となり具体的なヒロインとの関係性を強調するこの作品の手法は1位、2位と同様の手法だ。

 

これらの主人公とキャラクターとの関係性に着目して、より親密な関係を描くことで没入感を高める手法は、実は古くから用いられている手法だ。しかし、これらが大きな流れとなって1時代の顔となったのは大手IPの参戦による影響が大きいと言えるだろう。

 

 

さて、2018年から2022年までの音声作品の流行を通じて音声作品リスナー達の趣向の変遷を解説してきたが、いかがだったろうか。なかなか面白い時代の流れを紹介できたのではないかと思う。最後に、ここ数年の流れとこの先の簡単な予測を述べてこの記事は終わりにしたいと思う。

 

 

3.おわりに

 

実は、ここ数年の「リアルな音」、「キャラクターとの関係性」とこれらを駆使した没入感への強い憧れは、ある1つの技術の認知と関わりがあるのではないかと筆者は考えている。

 

VR技術だ。VR技術は仮想現実を生み出し、ユーザーを仮想の現実に没入させることで、新たな体験を見出そうとした技術だ。しかし、現状のVR技術は特に映像に寄っており、その精度も決して「仮想現実」と呼べるほどではない。例えばVRゴーグルをつけて自分の体を見た時、それは本当に自分の体だと思えるだろうか。トロッコに乗っている自分を仮想でも現実の自分だと思えているだろうか。今のVR技術では難しい点が多いと感じる。

 

一方で、リアルな音に拘り、キャラクターとの関係によって没入感を高められた音声作品は、リスナーの中にある種の仮想現実を生み出しているのでは、と考えることがある。ある実験では、血を抜く音を流すだけで実際には抜いていないのに男がショック死したという。視覚を封じた人間は、音のみで容易に世界を構築でき、身を投じることができるのだ。

 

もしかすると今後「VRサウンド」なる新たなジャンルが生まれたりするのだろうか。

 

などと考えながら、筆者はそろそろ新たなメスガキを分らせに行こうと思う。